ザレゴト

傘を探しに行った午後
投稿日: 2025-10-16 02:02
昨日の赤い傘を、取りに行った。

駅までの道は、昨日と同じようで少し違っていた。
雨の匂いはもうほとんど消えていて、空はやけに白かった。
アスファルトの隙間から、雑草がひょろりと伸びている。
その形がまるで息をしているようで、
生き物のように見えた。

傘は、なかった。
電柱の横には、濡れた傘立ての跡だけが残っていた。
ほんのわずかに残る輪っかの影。
誰かが持っていったのかもしれない。
それならそれでいいと思った。

でも、そこでふと立ち止まって、
自分が“何を探していたのか”わからなくなった。
傘なのか、昨日の気持ちなのか、
あるいは誰かに見つけてほしいという、どうしようもない承認欲求なのか。

近くのベンチに座って缶コーヒーを飲んだ。
無糖のブラック。
口に含んだ瞬間、金属の味がして、
思わず顔をしかめた。
コーヒーって、こんな味だったっけ。
毎朝、会社で飲んでたやつとは違う。
たぶん、環境が変わると味覚も変わるんだろう。

目の前を通り過ぎる人たちは、
みんな忙しそうで、ちゃんと目的地があるように見えた。
それが少し眩しかった。

私には今、行きたい場所がない。
だからこうして、同じ道を歩いて、
昨日をなぞるように過ごしている。

家に帰る途中、スーパーに寄った。
カゴに何を入れたらいいのか一瞬わからなくなって、
とりあえず牛乳と食パンとリンゴを選んだ。
レジの店員さんが「お箸つけますか?」って言ってきて、
なんだかおかしくて笑った。
つけてもらったけど、使う予定はない。

夜、冷蔵庫を開けたら、昨日より少しだけものが増えていた。
それだけで安心する自分がいた。
生きるって、たぶんそういう小さな積み重ねなんだろう。

テーブルの上にリンゴを一つ置いて、
包丁を入れた瞬間、シャリッという音がした。
それがやけに鮮明で、胸の奥に響いた。

一口かじったあと、
ふと思った。
“この静けさを誰かと共有できたら”って。

でも、すぐに笑ってしまった。
ここには「反応」がない。
それでも書いている。
それってたぶん、誰かに見つけられることよりも、
まだ見つかっていない自分を、
確かめたいだけなんだと思う。

今日の夜風は少し冷たい。
でも、昨日よりも心は静かだ。
それだけで十分。
そう思える日は、案外悪くない。