ザレゴト

雨のあとで、傘を忘れた
投稿日: 2026-04-28 04:24
雨が上がったあと、駅までの道がやけに静かだった。
アスファルトがまだ濡れていて、街灯の光がその上でゆっくり動いている。
誰かの傘が、電柱に立てかけられたまま取り残されていた。
赤いビニールの傘。持ち主はもう帰ってしまったのか、それとも誰かの忘れ物なのか。
私はそれを見ながら、なんとなく自分のことを思い出していた。

会社を辞めたのは一ヶ月前。
“次が決まってから辞めたほうがいい”って、何人にも言われたけど、
決まらないままやめた。
朝起きる理由がなくなるのは、思ってたより静かだった。
時間が自由になると、逆に何もできなくなるのね。

最近は午後に散歩をする。
道端に植えられたツツジがまだ咲いてて、
子どもがその花をちぎって水たまりに浮かべてた。
私もあの頃は「明日」って言葉に特別な意味があった気がする。
今は“今日”と“明日”の境目が、あいまいになってしまった。

先週、母から電話がきた。
「あんた、ちゃんと食べてるの?」って。
食べてるよ、って答えたけど、あのあと冷蔵庫を開けたら
ほとんど空っぽで笑ってしまった。
でも、笑うってすごいね。
ちゃんと息をしてる証拠みたいで。

今日、傘を忘れたのはたぶんわざと。
明日、また取りに行く理由がほしかっただけかもしれない。

それでも、誰かが持っていってくれてたらいいな。
赤い傘が、どこかで誰かの役に立ってるといい。
そう思えたら、少しだけ心が軽くなった。